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府川さんは、日本企業に以前はお勤めで、その関連でシリコン・バレーに駐在して来られたと伺っていますが、独立して起業なさるご決心のきっかけになったのは、どんな事だったのでしょうか?また、自己紹介も兼ねて、簡単にご自身と、現在の会
社について宣伝をお願いします。
大手日系基板設計メーカーの米国法人立ち上げで、2001年4月にシリコンバレーに赴任してきました。赴任後、会社の登記、オフィスの立ち上げ、人脈作り、ビジネスの立ち上げ、ローカルの営業採用、そして展示会出展と、さぁいざこれから!という丁度1年後に、不況、本社の業績不振も重なって、残念ながら撤退が決まりました。私としましては、本当にこれからが勝負!という時でしたし、元々海外で働く事が夢でしたので、ここで帰ったら一生後悔することになると思い、とても大きな賭けでしたが、独立してTechDream社をシリコンバレーに設立した次第です。海外に興味を持った切っ掛けは、7年前に家族で入会した国際交流のサークルで、様々な海外からのゲストをホームステイで受け入れ、その国の文化や考え方に触れていくうちに、異国の地で異なった文化に触れながら、その国の人達と一緒に働いてみたいと思うようになりました。元々大手制御機器メーカーの回路設計者だった私は、海外勤務の可能性が低かったので、当時のボスに海外営業部への移籍を申し入れたのですが実現せず、転職を決意し、丁度その時、米国法人の設立を視野に入れていた前の会社に入社、海外赴任の夢が叶ったわけです。
TechDream社の業務内容ですが、元々ハード屋さんだった私は、製品開発時には必ず、EMC対策に追われていたのと、JEIDA(現JEITA)のEMC委員会の委員もやっていた事もあり、更に前の会社でも米国赴任前にEMC技術部の立ち上げを命ぜられたりで、気が付けばいつの間にか、EMCとは切っても切り離せない関係になっていました。そのお陰もあり、今でもEMCを中心とする、コンサルティング、コンプライアンステスト、設計、リサーチ、更に昨年からは、EMC対策部品や材料、ソフト、シミュレーション等、日系EMC関連メーカー5社の代理店もやらせていただいております。EMCとは、Electromagnetic
Compatibilityの略で、簡単に言えば、エレクトロニクス製品から発生する不要電磁波の事です。その電磁波が他の製品や、人体にも影響を及ぼすので、各国で様々な規制を設けて取り締まっています。いわゆる、日本で言うとVCCI、アメリカだとFCCといった規格です。私の役割としましては、不要ノイズを出さないような設計を目指し、回路やEMC部品を推奨したり、シミュレーションで解析したり、また規格を超えてしまった時には、対策のお手伝いをしたり、回路や部品をレビューしたりしています。そういう意味では、環境に優しい製品開発のお手伝いが出来ている事に、とても誇りを持っています。今後もEMC設計に役立っていくと共に、日本(アメリカ)の優秀なEMC関連製品を、アメリカ(日本)に紹介していければと思っています。TechDreamとは、お客様の「夢」を、我々の「技術」で実現したい、また日米の「技術と夢の架け橋」になっていきたい、という思いを込めて、命名しました。また最近では、日米のみならず、ベトナムと日本の間の技術の橋渡しも行っています。そういう意味では、今後は、「世界の技術と夢の架け橋」になっていければと思っています。
起業なさった当初の資金調達などはどのようになさったのでしょうか?登記する
作業などは日本よりかなり簡単だと聞いていますが、どうでしたか?
全額ポケットマネーです。倹約家の妻には本当に感謝しています。妻の協力なしには、独立は出来なかったと思います。登記についてですが、本当にこんなに簡単に会社が作れちゃうわけ?って感じでしたね。その他、インフラ等も含め、恐らく日本だったら、独立できなかったと思います。その辺は、自由の国、アメリカに感謝しています。
最初の起業のご決断もさることながら、その後のビジネス構築にあたってのご苦
労など、並大抵ではないことがあったかと思います。特に、マイノリティーであること、日本人であることなどは、どのように作用しましたでしょうか?全然関係なかっ
たでしょうか?それとも、ポジティブ、あるいは、ネガティブに作用しましたでしょうか?
起業後の数週間は、「生まれて初めて」不眠症になりましたね。あまりにも考える事、やらなければならない事が多くて・・・でも本当に勉強になっています!専門の技術的な事のみならず、営業から経理から雑用から、全て自分でやらなければなりませんし。しかも異国の地で・・・こんな事、人生そう何度も経験できる事ではありませんよね。日本人である事には誇りを持っていますし、それがネガティブに働いた事はないと思います。英会話を除いては・・・(笑)英語は本当にもっともっと勉強しなければと痛感しています。技術的な事をやり取りする分には、さほど支障はありませんが、日常会話でアメリカンジョークが分からず、作り笑いしか出来ない時には、一番腹が立ちますね・・・(笑)
インド、中国、韓国、その他の国々からの移民たちが起業して成功しているケースは沢山見るのですが、なぜ日本人のケースが大変少ないのか、どうしてだとお考えですか?
何故でしょう?やはり、国民性の違いですかね?こちらで仕事をするようになって、色々な国の人達とも一緒に仕事をするようになりましたが、中国や韓国の人達を見ていると、本当にアグレッシブですよね!あぁでないと、米国ではやっていけないんだなぁ〜といつも感心させられます。それとコミュニティーの違いでしょうかね?インド、中国、韓国の企業は一度独立すると、それをコミュニティーみんなで応援して、育てていこうという仕組みがありますよね。その規模は日本人のそれとは比べものにならないと思います。人数の違いなんですかね?それとも人脈の違いなんですかね?時々、羨ましくさえ思う事もあります。それと最近はビザの問題ですね。特にスモールビジネスで起業しようとしている人達にとっては、今はとても狭き門となってきています。かくいう私も昨年は、ビザの件で、4ヶ月も日本でスタックして、家族と離れ離れの生活を余儀なくされました。ビザの件は、これからもっと改善されていけばいいのですが・・・
夢が叶って、いざ実際にアメリカ人(その他の国の人達とも)と仕事をしてみて、どうお感じですか?
本当に面白いですね!取り分け、ここカルフォルニアは多民族の集まりですので、様々な文化や考え方に触れることができ、それがとても刺激になるとともに、勉強になります。言わば、国際交流の「実践授業」ってところですかね。現在、アメリカ人の営業を一人雇って、一緒に仕事していますが、やはり文化の違い、ビジネスの考え方の違いから、腹が立つ事もしばしばですが、できるだけ、お互いの文化、意見を尊重するように努めています。とても信頼できるパートナーを見つけられた事には、大変感謝しています。それが、アメリカでやっていくには、欠かせない事の一つのような気もしています。
最後に、これから日本から来てこちらで起業なさろうと考えておられる日本の起業家の卵の皆様に先輩として、何なりとアドバイスをよろしくお願い致します。
シリコンバレーという場所柄、チップ屋さんやソフト屋さんの日本人エンジニアの方は多いのですが、ハード屋さんという事になると、これが本当に少ないんです。私が今までお会いした方々でも10人は居ないと思います。元々ハード屋だった私としましては、もっともっと日本の若いハード屋さん達に、米国で挑戦してもらいたいと思っています。それにはやはり何と言っても、「英語の壁」でしょうね。私は日本のこれまでの英語教育と、控えめな民族性が、海外への挑戦を阻んでいるんだと日頃から思っています。でも、こればっかりは自分で勉強、努力するしかないですけどね・・・私の夢は、TechDream社を成功させるのは勿論の事、その後はやはり、ずっと「もの作り」に携わってきた事もあり、最後は「自社製品」を開発したいですね。それも発展途上国に貢献ができ、その子供達が喜んで、笑顔を作ってくれるような・・・それが何かは、これからの課題なのですが・・・(笑)50歳になったら、シニアボランティアに参加し、途上国の現状を把握し、それを製品開発に活かしていければと、今から企んでいます。日本の若者へのメッセージは、米国に来ることだけが正解とは全く思いませんが、「夢」を持って、最後まで諦めず、それを追い続ける「努力」をしていって欲しいと思います。そうすれば、必ずいつか夢は叶うと信じています。そしてかくいう私も、生涯いつまでも「技術」と「夢」を追い続けられる自分でありたいと願っています。
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インタビュアー: シリコンバレー在住 山岸孝雄
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